禅のお話
ほとけに出逢う
第3回 人に南北ありといえども、仏性に南北なし−六祖慧能禅師−
読み(ひとになんぼくありといえども、ぶっしょうになんぼくなし−ろくそえのう−)
東土の初祖達磨大師から数えて6代目が六祖・大鑑慧能(だいかんえのう)禅師です。六祖は父を幼い頃亡くしましたので、薪を売って母を養っていましたが、『金剛経』の一句を聞いて、黄梅山の五祖弘忍(ごそこうにん)禅師に参じます。
以下は有名な、五祖と六祖の問答の一部です。
- (五祖)
- 「どこから来た」
- (六祖)
- 「嶺南からです」
- (五祖)
- 「何をしに来た」
- (六祖)
- 「唯だ仏に作ることを求めて来ました」
- (五祖)
- 「嶺南人に仏性は無い。どうして仏になれようか」
- (六祖)
- 「人には南北がありますが、仏性に南北はありません」
六祖の故郷は今の広東省で、湖南省との間の大嶺という山脈に隔てられ、そこから南は嶺南で、未開野蛮の地とされていました。そこを捉えて五祖は「野蛮な嶺南人に仏性はない」と六祖を試されたのです。
仏性とは『涅槃経』の言葉で、「仏性とは真実なり」と説かれています。
仏はこの真実を悟って苦を離れて法身を成就され、私たちはこの真実に迷って苦しみの身にあります。
しかしどちらも「真実」の中にある「真実」の姿(悟りの姿と、迷いの姿)であることに変わりはありません。
このことを「仏性」という言葉で表すのです。
六祖は嶺南人で、文字さえ知られませんでしたが、仏法は文字ではありません。南も北も関係なく、仏と同じに真実の中で生かされている、仏と少しも変わらない自身であることを、六祖は知っておられたのです。
嶺南人で学問も何もない六祖が、達磨大師の伝えられた仏法を実践的に革新され、優れた仏教者が多く生まれ、世に広まることになります。
2007.10.17 掲載