過去の法話

苦行をこえて

京都府 導故寺住職 木下光章 老師

昔インドに一匹の狼が住んでおりました。ある年の夏、川の水が急に増えて、大洪水となりました。狼は「これは困った。これじゃ獲物を探しにいけないぞ。しかし考えようによっては、よい機会でもある。よし、一つ断食の苦行をして、徳を積んでみよう」
狼は覚悟を決めて、そのまま岩の上に横たわり、ひもじい思いを我慢して断食の苦行をはじめました。

そのとき、菩薩様がこの様子を天の上から眺めておられました。
そして、「さてさてあの狼は、本心から断食苦行をしているのかな?少々怪しいぞ。一つ試してやろう」と、菩薩様は一匹の羊になって狼の寝ているそばに現れました。すると狼はこれを見て、のどを鳴らしてつぶやきました。
「ほほう・・・ 果報は寝て待てというが、うまそうなやつがあちらさんからやってきたぞ。俺の断食苦行は、また別の機会にしよう。」
というより早くむくりと起き上がって、いきなり羊に飛び掛りました。

しかしこの羊は菩薩様の化身。もちろん狼につかまることもなく、逃げ去っていきました。
なかなかいたずらっぽい菩薩様もおられますね。

さて一方で、お釈迦様。 6年もの長きにわたり想像を絶する苦行をされました。しかし、この様な苦行は出家以前の享楽的な生活と同じように、両極端の一端にしか過ぎないことに気がつかれたお釈迦様は、ついに苦行を捨てて、菩提樹の下で坐禅を組み、ゆったりと静かな瞑想の修行に入られます。

その坐禅修行中のお釈迦様の元には、波旬という魔王が現れます。魔王は様々な誘惑や恐怖でもって、お釈迦様の修行の邪魔をします。しかしお釈迦様は静かな瞑想の修行により欲望の火が消え去り、執着がなくなり、魔王の誘惑や恐怖に打ち勝ちます。そしてやがてお悟りをひらかれます。

私たちも、極端に享楽的な生活や、極端な苦行という両極端をこえて、ゆったりとした静かな生き方を続けてゆきたいものです。

2005/01/13