禅のお話
過去の法話
一筋の道
日本の文化には、「道」(ドウ・道)が付いているものが多く存在します。
お茶やお花には、「華道」「茶道」。日本古来のスポーツにも「道」が付いています。
柔らの道には「柔道」。剣の道には「剣道」、弓の道には「弓道」と云って、親しまれています。それぞれの「道」には名人、達人が存在します。そして、名人や達人と呼ばれるためには、一筋の道を歩みつつけなければなりません。
日本の宗教も同様に一筋の道が存在します。
神様であれば、「神道」。仏様であれば、「仏道」と云って、「道」をつけて、大切にしてきました。
「人生が 二度生きられるものならば 一度は手習い 一度は清書」という川柳があります。
私たちに与えられた人生が、二度あるのなら、一回目は練習ですので、失敗も気にすることはありません。だって、二度目の本番の時に、失敗しないようにすればよいからです。
この川柳は、残念ながら人生は一度だからよくよく注意して過ごさねばならないと、問いかけているのです。
「人生が、二度生きれるものならば、一度は手習い 一度は清書」。
一度の人生を書道に喩えるのであれば、真っ白い半紙に筆にたっぷりと墨を付け、いきなり清書をするのが一度の人生です。
いちど筆を置きますと、もう後へは戻れません。この箇所は、撥ねるのか、止めるのか。いきなりの清書ですから、慎重に筆を進めなければなりません。私たちに与えられた人生も、書道と同じで、二度と同じ日は、巡ってきません。緊張感をもって、毎日慎重に生きているのか、自問自答しなければなりません。
現代人は、道をおろそかにして、結果ばかりを求めるようになりました。
勝つか負けるか、儲かるのか損をするのか。負けたり損をするのなら、そんな道は歩まない、すぐに結果を知りたがります。
とうとう、日本人は結果第一主義者になってしまいました。結果がよければ、どの道を歩んでも問題としない、という風潮です。儲かるのなら、ラベルを張り替えるという不正をはたらいても、平気です。組織を守るためなら、嘘をついても平気。目の前の結果さえよければ、自分さえよければ、という風潮です。
仏教信者は仏へ通じる一筋の道を、大切にしなければなりません。
結果より、結果に至る、道筋を大切にしましょう。毎日歩いている一筋の道に、その価値を見出し、充実した毎日を過ごしましょう。
あなたは、自分の人生を自覚していますか。あなたは、一筋の道を見つけましたか。そしてその道を歩み続けていますか。