禅のお話
今月の法話
仏教と道徳
仏教と道徳との違いは何でしょうか。
混同して理解している人もあるようです。少し整理して考えてみましょう。
私がバスに乗った時です。
座席には、皆が座っていて満席の状態です。そこへお年寄りが乗り込んできました。バスの壁には「お年寄りや体の不自由な人に席をゆずりましょう。」と書かれてあります。心ある青年は、お年寄りにさっと席をゆずります。席をゆずられたお年よりは「ありがとうございます」といって、青年が空けてくれて席に、腰を下ろします。そばで見ていても、気持ちのよい光景です。
ゆずられた人が、「ありがとうございます」とお礼を云うのは当然です。ところが、仏教では、席をゆずった人が「ありがとうございます」とお礼を云わなければならないというのです。そんな無茶なと、驚かれるのではないでしょうか。
私たちは、少しでも楽をしようと思って、自分の席を確保するのです。楽をしようという欲望が、心の中に生じたのです。席をゆずるためには、心に生じた欲望を捨てなければなりません。たいていの人は、欲望に負けて、目を細めて寝たふりを決め込みます。席をゆずらなかったばかりに、バスの中で転びそうになるお年寄りをいつまでも見ていなければならない苦しみが生まれてしまったのです。
あの時、勇気を出して、さっと動けばよかった。後悔の思いで、心が痛み続けます。
この場合、仏教では次のように考えます。あなたが、私の前に来てくださらなけらば、私は、自分の欲望で自分をダメにするところでした。あなたは、私にとって尊い存在です。だから、仏教では、席をゆずった人が「ありがとうございます」と礼を云うのです。
仏教でも道徳でも、席をゆずるという行為は同じですが、その心には大きな違いがあります。道徳の世界では、力のある人とない人を区別し、力のある人の優越感を味わう世界です。日本に欠けているのは、この仏教の考え方です。同じ動きをしていても、心の状態が右と左とでは大きく違います。
いま一度、仏の教えを見つめなおしましょう。